白い茶碗



小僧はウナギの割き庖丁を買う金もなく

朝、誰もまだ来ぬ板場にいて
無理に頼んで、朝一番で配達してもらったウナギを出刃包丁で割いていた

その時間には訳がある
先輩連中を出し抜いて、鰻を割く練習をしたいからであった...
姑息な小僧である。



鰻問屋もタイヘンである
二十歳ソコソコの小僧の我儘に付き合い
6時に配達だ

きっと、お得意さんの大店でなかったら
この時間に配達はしなかっただろうに...


活の鰻が届くと
小僧は氷で鰻を仮死状態にし、左中指を鉤にして
鰓の下一寸の処を
むんず
と、掴み脳天に庖丁を入れて〆る

目打ちを叩き込み、
使い慣れた出刃で割き始めるが
生命力の強いウナギは
激しく身体を捩じらせ抵抗をし、小僧の腕に巻き付く

サイズも4P(1kgに4尾というコト)で、一回りでかい


鰻の背骨の脇に太い神経が通っていて
出刃がソレに触れると、〆られていても大暴れをするのだ


割き庖丁は<二段刃>になっていて
その神経に触れることなく、骨と身を切り離すに出来ている包丁である。

出刃では事の他難しい

週に一日だけ、親方と市場に行かない日がある

その日が鰻の日で
何回目かの配達の時、
鰻問屋は使い古された割き庖丁を小僧にくれた。

その割き庖丁は裏がほとんどなくなっていたのだが
小僧にとっては大変ありがたい道具となった...

いつしか鰻割きも早くなって
土用の丑の日には2000本のうち、半分程 一人でこなせる様になり
子が授かった時には
瑞巌寺の鰻塚に 供養詣りにも行った
あまりの数の殺生で、生まれてくる子に
なにかあっては
と、苛まれたのであろう...




小僧は<煮方>になり、
鰻のタレを作るようになる

中骨と頭を割ったのを素焼きし、
タレの分量を合わせた鍋に入れ煮詰めてゆく

丹念にアクを取り、出来上がりを見極める

タレの、鍋脇から出る泡の色艶、濃さ
それを感じ取り、確証を得るに
白米にそのタレを掛け
白い茶碗に付いたその色と、粘着の度合いを見、
仕上げるのだ。

白い茶碗でないとその感覚がつかみづらいので
小僧は今になっても鰻を喰う時には
内側が白い丼である



味噌味でも甘醤油味でも、
料理が出来て、それが丼にもできる料理なれば
そうやって煮詰め加減を決めるのは
作った本人が
ご飯好き
だからに相違ない。

こんなちぃこい茶碗では物足りないので
白い丼を探しに行く事にしよう...