焚火宴会人がゆく 桃源郷編 Ⅸ
灰アクの中で、細々とくすぶっている薪
寝る前にぶっといのを突っ込んでいた
ちょいと向きを変えて、空気の入り込む隙間を空けてやり
新しい薪をくべてやると
火はすぐ復活し、朝飯程度を作るには充分な火力になる
残りの岩魚飯。
これに渓の水を足して 雑炊 にする
昨夜の暴飲暴食で、多少疲れた胃袋に優しい
コーヒーを飲み終えたら
いよいよアタックだ
昨日 師の行った支流に二人で入る
程なく 滝が待ち構えていた
5mほどのフォールである
滝壺はそこそこの広さをもち、深さはないものの
大きい沈み石が点在していて、格好のポイントとなっている
譲られて、一投目の竿を出す
滝の落ち口のキワにキャスト
流れの壁に吸い寄せられるように糸が送り込まれる
メジルシが水面まで刺さった
仕掛けは巻き返しの底波に捉えられて
落ち口へと戻されそうになるが
竿の操作で水中糸を操り、本筋の強い流れの壁に糸を擦らせる
水中糸に受けた違う層の流れに仕掛けも引き戻される
巻き戻しの底波から仕掛けを離脱させた瞬間
本筋の強い流れの層のキワから水中糸を緩い流れに戻し、仕掛けのみを本筋の底波に置き去りにする
しっかりと底波に乗ったと感じたら、水中糸を本筋の中央に移す
と、
表層の流れとは異なる、遅い速度で メジルシ はゆっくりと流れ始める
水を切りながら、メジルシ は本筋の底波を捉えているであろう、先端の鈎の様子を表す
これは、スレたヤマメの釣り方で
ウブなイワナにここまでのテクニックを酷使しなくても良さそうだが
全精力を使って生き抜いている彼らに
全精力を使い、対等となる為に…
一瞬、緊張感が走った
直後に メジルシは止まり、反射的にアワセをくれると
そのまま深淵へと引き込まれた
ギュイッと、大物独特の
ゆっくりとした反抗が始まる
どんどん滝の落ち口の方に潜られる
水深があったものだから、竿は水面と平行に近い…
アワセでなんとか竿に角度を与えたが、対面に走られると伸されてしまう
手をいっぱいに前に伸ばし、スナップだけで立てる
足元は急に落ち込んでいて、これ以上前には進めない
私の太くはあるが、片手だけのスナップだけで耐え切られるか?
伸されたら ジ・エンドである
必死に堪えると、鈎に掛かった大イワナは横に走り始め
竿をイワナの進行方向に向けると
今度は水流に乗って、下流に下りはじめた
流れを味方につけるか否かで、勝敗は決まる
水圧をプラスされた魚体の引きには耐えられそうにもないと即断し
釣り人も下流に走る
滝壺のカケアガリでイワナは反転し、深場へ戻ろうとする
今度は竿を立てて主導権を握ろうとすると
右に左にと・・・
数分の駆け引きのやり取りでイワナは力尽きた
顔を水面に出させ、空気を吸わせる
ゆっくりと、ゆっくりと、タモ網に寄せる
掬った瞬間、イワナは網の中でもんどりうつ
鼻曲がりで、三ツ口の、尾鰭の大きいイワナだった
精悍
練磨
強靭
孤高の顔を持つ
素晴らしきかな 源頭イワナ
今日はキープはしないで釣り溯る
ワンポイントにワンキャストのみで高度を稼ぐことにした
高巻きが難しい滝だったが
大回りして高巻いた
しかし、そこから先の渓には魚信が還ってこなかった
流れが折れ曲がった先の淵も、トロ瀬も…
歩き進むと極端に水量が減ってきた
訳がわからずながらも、こう配のキツイ源頭を登る
また、ゴルジュ帯にさしかかる
ヘズリしながらちょっと進んだら
少なかった水が、溢れんばかりに水量を取り戻していた
そこで一尾のイワナを見た
師、仙庵も見た
流れのほとんどを地下に吸い込まれ
そしてまた、地上に戻る
ここに住み着いている岩魚は台風などの増水時、身を護るために地下に潜ったりもするのだろう
そして私達師弟は、こう考えた
この先、またこんな伏流水がある確率も高い
こりゃ、どこまで行っても 魚止め は見切れない
ここの住人はとても元気だ
まぁ、これでいいじゃないか!
桃源郷 という普通は体験できないであろう、夢の渓に感謝と驚きを抱きつつ
二人はベースキャンプに戻った
予定していたよりも早い時間に帰ってきたので
今度は、昼焚火を楽しむ
仙庵は例のバンダナコーヒーをザックから引きずり出す
ついでに乾パンとアンパンも…
昼飯は米しかなかった
これから炊くのも面倒だったのでパンに噛り付く
半分こしたパンでちょっと腹が膨れ、疲れも伴ってきたので
テントの中の脱ぎっぱなしのシュラフに横になる
9時を回った日差しは、テントの中を、ほど良い温度にしていた
あぁ、この眠りに就く瞬間は、なぜこうも心地良いのか…
仙庵(せんあん)と 雲助(くもすけ)
ウトウト…ウトウト…
師弟で桃源郷のまた先の桃源郷を夢見て、暫しの眠りを楽しむ
追記
この数年後、7年暮らした仙台を後にし
仙庵は愛媛に転勤になる
現在、定年退職し、京都には帰らず
松山に住居兼用の飲食店を構える
屋号を『仙庵』とした。
焚火宴会人がゆく 桃源郷編 おわり