遭難願望顛末記 カヌー海の章・其の四
測り知れぬ達成感と充実感で
太っちょの二人組はカナディアンカヌーを
ジープの上に担ぎあげる
大活躍のアウトリガーは畳んで
後部荷室へ収納される
ザイルでカヌーを括りつける
ザイルワークはお手のもので、美しい結び目を
カヌーとキャリアに這わせる
帰り道
二人は話す
今回の出来事を、大笑いしながら復唱する
反芻する事によって
すばらしい出来事を、後に伝える時
大袈裟にならぬ様、隅々まで語れる様
何度も繰り返すのだ
その時はそんな事は思ってもいないが
今日、役にたっている
一週間後...
二人はまた違う場所へとカヌーを降ろした
駐車場のすぐ脇が桟橋になっている
装着は、アウトリガーを大型クランプで固定するだけなので
いたって簡単である
鼻歌交じりである
道具を放り込み乗船
今日の獲物は、ハゼ・メバル・アイナメ・カレイ・マルタナゴ
の、五目釣りである
このメンバーが揃って釣れる場所といったら
湖のような広さを持つ牡蛎棚がある湾
万石浦
である
無骨な男達が乗る、無骨なアウトリガーを装着した
カッコ悪いカヌーは滑り出す
漁船が目の前を通り過ぎる
弱そうなコチラを気にしてくれて
スピードを落としてそばを走る
すれ違いざま
おんめぇだぢ、ちょうはごんごがら かんじぇつよぐなっがらな
ちぃーつげでいがいんよ
そっただふねっこでひっぐりかえっがんな
ちぃーつげでいがいんよ
(翻訳)
君達、今日は午後から風が強くなりますよ
気を付けて走行してくださいね
そのような舟で、転覆したってしりませんよ
せいぜい気を付ける事だ
と大声で叫ぶ
あいよ〜
とカラ返事をして目的の湾の中心辺りの棚へと向かう
ザイルを もやって早速釣り開始
即アタリ
ハゼだ。
大きなハゼが釣れた
相方も竿を曲げている
おぉ、メバルだ
ちぃこいけど良く引く
場所をちょっとだけ移動して
今度はタナゴだ
マルタナゴとクチボソタナゴがくる
いっちゃん深いポイントへ移動
跳ね上げ式のアウトリガーは
なんとも使い易い
先日の強風で、底が荒れ
濁っているからか
型の良いアナゴが釣れる
釣り開始から二時間しないうちに
4目達成だ
魚種が豊富な湾である
移動するとすぐに塩焼きサイズのカレイが釣れた
祝、五目達成!
牡蛎の稚貝の棚にもやったザイルが
ピンと張っている
少し風が出てきたようだ
またカレイが釣れる
また、
また、
止まらなくなる
入れ食い状態
ザイルがギシギシいう
船体が西に向かって磔状態になる
ヤバイな...
そう思った時、すでに時は遅かった
風波が白い飛沫をあげ、顔に突き刺す
もやいを解いてパドルを水面に入れた時
すでに5メートル流されていた
カヌーを出したところまで戻るには
50m
しかし、風上...
全身全霊で漕ぐ
じわじわと押される
力のあらん限り
チカラを振り絞って漕ぐ
僅差でスクラムが押される様に
ジリジリと後退りする
買ったばかりのキャップが飛んだ
一瞬ではるか彼方に飛ばされた
一瞬、グラッとくる
船体が傾く
アウトリガーが水面に突き刺さる
横倒し状態でそのまま流されてしまう
立て直しだぁ!
右舷かけぇぇぇ!
オラは左舷かくぅぅぅ!
パドルはこれまでにないほど水飛沫をあげて水を高速でかく
しかし、船体は立ち直らない
アウトリガー左舷は突き刺さったまま
チューブは水面下
ガンネルから海水が入り込む
漕ぐのやめぇぃ!
体重移動ぅ!
右舷に体重移動ぅぅぅ!
左舷アウトリガーの負担を軽くすべく
体重を右舷にかける
カヌーは何とか水平を保つ位置にまで戻るが
すごい勢いで流されていることに変わりは無い
しかし、海への出口とは反対方向に流されているので
いずれは岸に打ち上げられよう
しかし、カヌーは木の葉だ
流されているというよりも
飛ばされているという表現が合っている
ふと辺りを見回してみるが
舟一艘も走っていない
助けを求められない
否
助けなど必要ないのだ
ぶ、無骨なんだからな〜
と、涙声で気合いを入れなおす
漂流という感じで流され、叩きつけられた場所は
牡蛎殻が捨てられて浜になっている場所
ボクらはカヌーを引き摺りあげ、今後の行動を考える
このまま岸沿いに藪漕ぎしながら曳いていけば、車まで帰れるが
せっかく良い釣りをしたのだから
最後までパドルで帰りたい
風が止むまで待つか...
バクバクの心臓を抑えながら、冷静に考える
とりあえずメシだ!
女房が持たせてくれたおにぎりを喰う
海水を含んで、かなり塩辛い
海水茶漬けの一歩か二歩手前だ
そこへ、一艘の釣り船があらわれ、近寄って来た
なんだべ、けぇらんねぇのが?
このかんじぇではなー
んだごって、ひっぱってってやっがら
こいずば つなげ!
(翻訳)
アラ、どうしたの?帰られなくなってしまったのですか?
この風ではねぇ〜
ならば、曳航してあげますから、これをそちらに繋いでください
そういって、船頭はロープを投げてくれた
ボクらは顔を見合わせ、0,2秒ほど考え、ロープを拾い上げた
釣り船には、釣り客が数人乗っていて
好奇の目でボクらとカヌーを見ている
んだがらいったべっちゃ...
ごんごがらかんじぇふぐってぇ〜
みさいんっ、どごさもふねっこいねぇべさ
よぐひっくりげぇんねがったごど
ちぃんのもな、ゴムボートひっくりけぇったんだど!
こごは波ねぇげんともな、かんじぇつよいどぎは ちぃつけさいんよ
(翻訳)
だからいったでしょう
午後から強い風が吹くって...
見てみなさい。皆帰って、どこにも船は見当たらないでしょう?
しかしまぁ、よく転覆しなかったですね、そんな舟で...
昨日も、ゴムボートが強風で転覆したんですよ
この湾は外海から波は来ませんが、風が吹いた時は気を付けてくださいね
あ、この船頭さん(もはや、さん付け)
ボクらに朝、声を掛けてくれた お人だ(「お」付きかい!)
無骨なオレらは、もう骨無しになっている
情けない話だ...
あー情けない、情けない...
帰りの釣り船の中で
ボクらは質問攻めにあう
しかしそこは、釣果で答える
噛み合わぬ話を2‐3分したら
もう着いてしまった
カヌーを無言で車に縛りつけ
帰り道に、次の遭難場所を
次の危うい釣行を検討する
遭難願望
懲りないヤツラである
おしまい。。。