遭難願望顛末記 カヌー海の章・其の参


座布団カレイを掛けて
カヌーはナナメって
アウトリガーはギィギィいって

それでも太っちょ無骨なオレらは舟の片側に半身を乗り出している

沈したってかまわない
舟がぶっ壊れたってかまわない
岸まで数キロあるが、泳げばイイ
あ、
泳げるのはボクだけだ
なにくそ、脊負って泳げばイイ

たすけて〜

なんて、口が裂けても声にしない(やっぱ、タスケテ と思ってるんでねの?)
今、この時を
この瞬間、これまでの工程があるからこそ
この瞬間を楽しむのだ
決して自滅的や自虐的行為ではない
そんなんじゃ、決してないのだ

澄みきった群青の中から
大きな枯れ葉がゆっくり、ゆっくり旋回しながら浮上してくる
バカでかい紙飛行機が空から落ちてくるように
群青をゆっくり旋回している

いったいこの時間をボクらは
長い と感じたのか
短い と感じたのか
それすらもわからぬ瞬間という名の時間の凝縮だった

気がつけば、半身を乗り出し
1人はロッドを、もう一人はネットを
アウトリガーの先のタイヤチューブはすでに海面下である

ガンネルからは今にも海水が入り込みそうだ
座布団カレイはついに水面へ顔を出した
空気を吸わせる

釣り上げるにさんざん抵抗した魚は
空気を吸わせると、とたんに弱っちくなると
渓流釣り師の年季が入ったじぃ様が言っていた

然るべく座布団は最後の抵抗も空しく
一発でタモ網に入り、掬われた。

素晴らしき完結である
この上なき完結である

カヌーのむき出しの船底に座布団が敷かれた
コゲ茶・黒をベースにしたまだら模様
目が群青を帯びている
鰭(ひれ)は、ゆっくりとした痙攣のように襞打ち
小さな口を鰓(えら)と同時に突然広げる
身体全体を薄いヌメリが覆い

深海の光が薄っすらと届く世界の、それ以上の光を決して浴びようとしない
昔から他の世界を遮って生きてきた種族の様な
なにかしら不思議でいて独特の孤独感を持つソレは

太陽光を鈍く反射させながら、ゆっくりと痙攣を繰り返す...

マコとも、
アオメとも呼ばれる鰈(カレイ)だ
ゆうに45cmは超えている
身の厚さも そうとうなもの

先ほどのハゼがピチピチ跳ねてアオメの上に乗った
座布団の上に落ちたアイスの棒
である


完結したカヌーでの釣りは
大成功と、記録的な大物で帰港する

パドルも心なしかスローペース
しかし、確実に水を掴んで後方へと押し出す

達成感のある事をしてのけた後なのに
二人とも何故か無口であった

無口なのだが口元はニヤケやがっている

そう...
次の…を考えているのだ
一度の成功で、測り知れぬ野望を抱いてしまっているのだ

次回、襲ってくる恐ろしい自然の猛威を
面と向かって受け止めるハメになるとは予想もしていないのだ

こ、
困ったものである

つづく...