焚火宴会人がゆく・初恋編Ⅴ
ほんまに旨いのおぅ。こおいうキャンプなら毎日でもいいのおぅ。も、帰らんとこか。
単身赴任3年目・出世欲ゼロ・離婚の危機・後10年で退職・趣味:酒、女、渓流釣り・仙人になれるのだろうか?
焚火の周りの宴会は続く
いよいよもう一つのメインディッシュ
背っぱりヤマメの焚火炙り焼き
頭を下にして焼いているので、下半身の脂が首っ玉に集まって
燻され飴色に色付き、脂のせいで見事な色艶に仕上がっている。
まさに外側はパリッと、中身はジューシィ
盛り上がってドウゾといわんばかりの背にかぶりつくと筆舌にしがたい美味。
これは経験しなければ伝えきれないだろう。
骨酒を飲みきってしまうと、残雪に刺しておいたワイルドターキーに手が伸びる。
さすがに2人とも酔ってきてこれを飲み干すことができないままシュラフに潜り込む。
夜明け前、師は乱れた髪のままいそいそと釣り支度をし、
あの淵だ!
と低い声ながらも、
惚れた女を口説く時、あの手この手を使い最後の決め台詞を言う時の、
確信を得た男の表情で呟いた。
その淵は昨日足元をかすめ、すり抜けて行った大ヤマメがいた瀬の下の淵だった。
師は、何故上の淵ではなく、下なのかの理由を言わなかった
おそらく、少し禿げ上がってきた頭で感じとったカンなのだろう。
会社勤めをしてから毎日朝駆けで通った時期もある。禿げ上がるまでの年季は計り知れない。
師は、そのいると決めつけた淵をしばし見つめ、竿に弧を与え振り抜いた。
老眼が入ってきた目で細糸仕掛けはキツイと太糸仕掛けになったが、
オーソドックながら全体のバランスの何処にも隙がない。
その太糸が水中に刺さり、底波を確実に捉えた時
師の顔は、決め台詞を言った後、女がポッと頬を染めた表情を見逃さず、肩を抱いた時の男の笑みと同じ顔であった。
そしてあのヤマメは掛かった。
誠に綺麗で女王と呼べる容姿である。
師は足元まで寄せた時、あまりの美しさに気が引けたのか、
うろたえたのか、
一生忘れぬ様にと焼き付けたのか、
一瞬流れる様な動作が止まった。
手元からすり抜けていった女は二度と帰ってこないのを知りながら
残念がる顔も見せずに遠い目で見送って独りごちた。
ワシにはもったいのおぅ女や…
その時から師は、私の永遠の師となる。
テントに戻り、朝飯前にビールを飲む。
歯も磨かずに眠りこけた口の中をサッパリと洗い流してくれ、
春の朝寝の心地良さを倍にしてくれる。
私にとってこの渓は特別な渓である。
今では森林伐採で林道が出来、丸裸にされ、杉の植林が進み、
何時いかなる時も淡々と清水を流していた渓と美しすぎるヤマメは消え、
二度とは逢えない初恋の女の様に、脳裏にだけしがみつき、知らずと遠くに消えて
手の届かない女となった。