焚火宴会人がゆく 桃源郷編Ⅰ

それは、我が 渓流釣りの師匠 仙庵 との未だ見ぬ源流への釣行だった
6月の、梅雨のまだ来ぬ季節を見計らっての釣行だった

数週間前から1/50000の地図を中心に、山男二人が顔を突き合せ
計画を練っていた。

師、仙庵のマンションは老朽化していて、マンションとは呼べる代物ではない
5階にある部屋は中年で、単身赴任の男の
片付け
という作業を放棄した もっともたるモノのそれだった
乱雑をとおり越した部屋は、それでも一種の統一感があるように見受けられる

リビングは炬燵を中心に、雑多なものが氾濫しているが
テーブルには焼酎の飲みかけが残っている

シュラカップ
当時売り出し、流行っていた二重構造のマグカップスタイルではなく
何脚も重ねて収納できる シュラカップ だ
取っ手は2本の針金状で、大変使いづらい

他には、数ヶ月前に発売された、山岳岩魚特集のヨレヨレになった釣り雑誌

等高線が密集して描かれている1/50000の地図。
所々に赤ペンでマーキングされているのは
予想される フォール(滝)だろうか…

かじりかけの乾パン。
これは 仙庵 の60ℓザックの上蓋スペースにいつも入っている
アンパンやらジャムパンの喰いかけは、すでに干乾びている
歩いて5分のコンビニエンスストアーまで行く気力がない時の
非常食としてかじったのだろう

コールマンのコンパクトバーナー

袋ごと置いてある 挽いたコーヒー豆…当然湿気っている

キッチンを見ると、あまり使用した形跡は見られない
まさかガスは止められてはいないのだろうが
全ての調理は 炬燵の上で繰り広げられている模様と想像するに至る

唯一、キッチンのシンクの中には

飯盒
石綿金網
大きめのシングルガスバーナー
これは無名のバーナーであったが、ガスはコールマンだった

私は師、仙庵に
何故、備え付けのガス台を使わないのかと 問う
火力の強さと微調整が効かんからや

確かに、最大ではバーナーの方が若干強いかと…
それに、ガス台は放射状に横に火が放出されるが、このバーナーの放出口は上を向いている
横から上がってゆく火ではなく、直接鍋底にブチ当てる火だ
それにな、この最小辺りでの…

仙庵はツマミを微調整しながら
ここや、この火力や!
このままだまってても、まんべんなく底に オコゲ が一面
綺麗につくんや
それにな、コレがイイ働きをするんや

と 石綿金網を突きながら説明する
妥協を許さぬ よほどの米好きである

師は、えんどう豆を鞘ごと買って、剥き
塩味だけで炊き上げる【豆ご飯】が好物である

炬燵の横には万年床が敷かれてあり
薄い掛け布団一枚が跳ね除けてある
それと一緒に赤いシュラフカバーが一枚…
師匠、シュラフで寝てんのかい?
と、問うと
おぅ、コレ、新発売の ゴアテックででけた シュラフカバーや
この万年床は湿っているんけどな
コレに潜っておればムレ知らずや

こんな人は始めて見た
インドアでも アウトドアマン である
いっその事、ホームレスになった方が家賃かからなくて良いのではなかろうか…