焚火宴会人がゆく 桃源郷編 Ⅱ

師 仙庵の部屋の
炬燵の横には万年床が敷かれてあり
薄い掛け布団一枚が跳ね除けてある
それと一緒に赤いシュラフカバーが一枚…

師匠、シュラフで寝てんのかい?
と、問うと

おぅ、コレ、新発売の ゴアテックででけた シュラフカバーや
この万年床は湿っているんけどな、コレに潜っておればムレ知らずや
こんな人は始めて見た
インドアでも アウトドアマン である
いっその事、ホームレスになった方が
家賃かからなくて良いのではなかろうか…

押入れには モンベルの60ℓザックと アタックザックが無造作に立て掛けてある
私はそのザックを
【魔法のザック】
と呼んでいる

日帰りの釣行にでも、師は60ℓザックを背負って来るのだ
いっぷくの時間には、中から湿気っているコーヒーを取り出し
渓の水を沸かし、一応 淹れ立てのコーヒーを飲ませてくれる

しかし、魔法のザックにはコーヒーフィルターが入っていない
何度も 数えきれない程一緒に釣行しているが
フィルターは持ってきたためしがない

代用で、バンダナを使うのだが
いつも前回のコーヒーカスが塊でこびり付いたままだ
バンダナを川で洗い、パンパンして使う
ならば、コーヒーを淹れた後で、すぐ洗えばよいものなのだが

師は、コーヒーをザックに詰め込み忘れた時の為
でがらし でも良いから コーヒータイムを河原で楽しみたいと...
その為の【洗わずのバンダナ】だと言う
何にせよ、マズクトモ、ウスクトモ、
その行為が至福のひと時だと そう言う

筋金入りの山男とは、そうゆうものらしい


流れの傍でのコーヒータイムに
師 仙庵は、ザックからアンパンを出す
このコーヒーにはコレが良く合うんぢゃ
と、干乾びたアンパンを差し出す
ほれ喰えと、差し出す

もちろん賞味期限など、とおに過ぎているアンパンだ
しかたなく、ザックの上蓋でモマれ、ヒシャゲて干乾びたのに 恐る恐る歯形をつけると
圧縮され、薄っぺらなパンとアンコが不思議とウマイ

コーヒーを啜り、口の中で一緒になると、なおさらウマイ
コーヒーという(湿気てはいるが)香ばしい液体で
圧縮されたパンと、乾燥気味で濃縮されたアンコが
潤いを取り戻しつつ溶けてゆく
そう、カステラを牛乳に浸し、食したあの感覚と似ている

乱雑に見える部屋の中は山男だけが知る、一種の統一感を保ちながら
私達のルート探しの会話を聞いているかのように
不思議な空間で包んでいた

炬燵の上の、焼酎やらシュラカップやらを隅に寄せて
源流釣行の作戦会議が始まる

1/50000の地図を見る限り、かなりの難所が数多く点在する
フォールと思われるところをピンポイントでチェックしてゆき
高巻きか 直登かの、仮判断をし イメージしてルートを数通り叩き出す
最終目標は 源頭域
どこまでイワナが住んでいるか?
である。


ある場所に フォール(滝)があり(フォールはイワナが溯れない高低差がなければならないが…)
その上流部にイワナが生息していなければ
そのフォールは 魚止め となる

それを知ってどうする訳でもないのだが
その渓流の一部を把握したような気分になり
なんとなく自然と一体化できるような気がする
だけではあるが
その渓流に惚れ込む 一つの要素 ではある

師、仙庵は ノーザイル主義 であり、私もそれに倣う
ザイルを使わないのは
ザイルが必要な箇所は、無理せず 高巻きや 泳ぎで遡行する為

ザイルの用途は危険な場所をザイルによって突破する という使い道が多い
それをしないことによって
安全性の高い遠回りをするためと
危険な箇所は 潔くあきらめる ためだ
もちろん、遠回りがより安全かどうかはしっかり判断しなければならないのだが…