焚火宴会人がゆく 桃源郷編 Ⅵ

釣り上げた岩魚の比較的小ぶりなのが焼けてきた
師はその小ぶりのイワナを丁寧に、丁寧に反しながら
飴色を付けていた
小ぶりだから、他の尺イワナよりも早く余計な水分が抜け
良い塩梅に枯れている
あちこちブツケテ歪んでいる ケトル(やかん) に
ペットボトルに移し替えてきた 日本酒を注ぎ入れ
串から外した小イワナをねじ込み、調理台の石の上にかける
師、仙庵の顔は、もう ほころんでいる

私達が釣り上げたイワナは
焚火の反射熱と放射熱
広葉樹の山桜の燻し出す煙によって、美味しそうな 飴色 になっている

焚火・・・
この日は風もなく、穏やかな日和だったが
師と幾度も重ねた釣行では、強風の日もあり、雨や雪の日もあった
それぞれ合った焚火の仕方を教わってきた
始めのうちは、豪快なキャンプファイヤーもどきのを喜んでいたが
次第に、必要最低限の焚火になり
今は 暖かさ、明るさ、調理、にモドカシイ位の焚火となる
痕跡を残さぬ、しかし、記憶に暖かな明かりを燈す焚火をする

何年か後に写真や地図を見ると、同じ様な写真や
赤のチェックしか記されていない地図しかないが
おっ、これはあそこでの・・・
この渓魚はあんなところから出てきたんだよな、とか・・・
同釣行者の仲間の笑い顔と笑い声が、はっきりと蘇る

この飴色のイワナやケトルの骨酒も
何十年後にはっきりと思い出すことができると確信する
事実、今こうして 十数年前の記憶を書き記している

師は湯気を出してきたケトルのアルミの肌の熱を、掌で感じながら
ほぉっ、そろそろぢゃ
と、シュラカップを渓で洗い、化学実験の時のような手つきで
慎重に、慎重に注ぐ
琥珀色の液体の中に、焼けたイワナの肌が混じる
淹れたばかりのコーヒーの香りを嗅ぐかのように、鼻を膨らまし、シュラカップを顔に近づける
啜り
溜息
充実
そして、心から溢れてくる幸せそうな 笑み
ここでの焚火宴会は
都会の
雑踏
しがらみ
駆け引き
を、全て消し去る
忘れるのではなく、消し去るのだ

シュラカップの中には
飴色とイワナの生命感が滲み出ている
琥珀の、濁ってはいるが、決して淀んではいない
鮮やかさはないが、鮮烈な液体
この香ばしさが何より 旨い と物語っている

ほれ、おまえも味わえ
これこそが骨酒
ココに来てコレを飲まんと シヌ ぞ
わしが渓に通って、怪我せんのも コノ薬のおかげぢゃ
共に飲もうぞ
師 仙庵は、いかにも美味そうに杯をかさねる
継ぎ足し、継ぎ足し、重ねてゆく