庖丁屋の看板


修行してきた店は全てなくなってしまった
立体駐車場になったり、別の屋号になったり...

久しぶりに街へ出てみると
ボクの心の中は痛む


河豚割烹「一力」跡


東一商店街


この小さい店が軒を並べる通りも随分と変わってしまった
修行時代は、親方や兄弟子によく飲みに連れて行ってもらった店々は
ほとんど消えてしまっていた

ぶらりぶらり歩いてゆくと
立町に庖丁屋がある
庖丁屋といっても
ナイフが圧倒的に多い
しかし、本業は庖丁屋である
暖簾を潜ると

わからねぇヤツにゃ、売らねぇ

そう云って、刃物を売ろうとはしない店の親爺が
老眼鏡の上から、眼光鋭く客を睨みつける

この親爺、客を追い返すのが趣味らしい


ボクは何度も隠し部屋まで通されているので
愛想はよい

この日、初めて店の看板庖丁を見せてもらう

本焼きの尺一寸 柳刃



作者はもう亡くなっている
銀の飾りで、柄を作ってある

値段は聞かぬし、云わぬ。

おそらく、使われずに箱の中に入りつづけるであろう庖丁
使わねば作者も作品も、浮かばれぬ気がするが
買えぬ値段ではしかたがない

宝くじが当たったら クラスである

ボクの庖丁の多くは
貰い受け、委ね 託されたもの
と、云うと
深く頷き、老眼鏡の上から遠くを見つめていた